まず初めに、この写真の人をよく見てください。
いったい何があったら、人間はこんな表情をするのでしょう。怒っている。笑っている。泣いている。眠っている。カップ麺を作っている。ファミ通町内会を読んでいる。
考え得るすべての条件があてはまって見える、とても複雑な顔です。
これは映画『ザ・マスター』のワンシーン。かなり終盤の、とても静かな場面です。
寡作なタイプのポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作は、第二次世界大戦後のアメリカを舞台に、何とも不思議な人間関係を、これでもかという密度で丁寧に撮っています。
『マグノリア』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でも扱った「宗教」が今作でも大事なモチーフとなっていますが、監督は一貫して「救済」を描き続けているように思います。
戦争からは戻ったものの、社会に戻って来られなくなってしまった主人公が、心の傷を教祖にさらけ出していく過程の高揚感は見事でした。
信じるものなくして、人間は生きていくことができるか。
普遍かつ根源的なこの問いかけは、シリア、パレスチナ、そして東日本の、いかようにも逃れることのできない受難が続くこの世界で生きる、すべての人間の苦しみの形ではないでしょうか。
65mmフィルムが映し撮る圧倒的なショットと、映画の欲望にまみれたこの作品は、まるで世界中の不条理を通奏低音とした「世界文学」のようです。
最初に見てもらった写真をもう一度見てください。これはどんな表情でしょう。
ぜひ、それは本編を確認してみてほしいです。
ちなみに私がすごく好きなのは、次の写真の場面です。本当にいい笑顔ですね。